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福井地方裁判所 昭和29年(カ)1号 判決

再審原告 一井佳代子

再審被告 一井和夫

主文

本件訴訟を却下する。

訴訟費用は再審原告の負担とする。

事実

再審原告訴訟代理人は、原告一井唯尾(再審原告の祖父)、被告一井佳代子(再審原告)間の福井地方裁判所昭和二十一年(タ)第六〇号法定推定家督相続人廃除請求事件(以下原訴と云う)につき、昭和二十二年五月十三日言渡された「一井佳代子が一井唯尾の法定の推定家督相続人であることを廃除する。訴訟費用は一井佳代子の負担とする、」との判決を取消す、再審訴訟費用は再審被告の負担とする、との判決を求め、その理由として、

(一)  再審原告は一井唯尾の長男昌夫の長女、一井のぶ子は右昌夫の妻で再審原告の母、再審被告は一井唯尾の三男であるが、右昌夫が昭和二十年四月六日死亡したので、再審原告は右唯尾の法定の推定家督相続人となつた。

(二)  右唯尾は昭和二十一年十二月二十一日再審原告に対し福井地方裁判所に、「唯尾は医師で、福井市内において内科及び小児科の専門医院を開業し信用を得て繁栄している。ところが唯尾の法定の推定家督相続人である再審原告は当時六才の女児で将来女医となること若くは適当な男子の医師を婿養子として迎えることは事実上困難であり、仮に可能であるとしても今後その実現には相当の長年月を要するものである。他方唯尾の三男である再審被告は昭和十八年九月日本医科大学を卒業し大東亜戦争に応召して軍医として数多くの経験と研究とを重ね、昭和二十一年七月十六日復員後は唯尾と同居して医業に従事しているのである。従つて以上の実情からみてこの際再審原告を廃嫡し、再審被告をして唯尾の家督を相続せしめ、再審原告には将来適当な配偶者を選んでこれに嫁せしめるのが、双方の幸福である。よつて親族会の同意を得て再審原告が唯尾の法定の推定家督相続人であることの廃除を求める、」との訴訟、すなわち、原訴を提起した。そして唯尾はその翌々日である同月二十三日死亡した。

(三)  ところで右原訴において原訴被告(再審原告、以下同じ)の訴訟代理人に選任せられた弁護士堤敏恭は右唯尾の請求並びに請求の原因のすべてを認め且つ後記親族会の決議書の成立をも認めたので、ついに昭和二十二年五月十三日原訴被告に対し敗訴の判決が言渡され、その判決は上訴の申立のないまま、同年六月十二日確定した。そのため再審原告は唯尾の法定の推定家督相続人である地位を失い唯尾の二男幸夫は当時他家に養子縁組をして唯尾の戸籍から除籍せられていた関係から、再審被告が唯尾の家督を相続するに至つた。

(四)  けれども右確定の終局判決には次のとおりの再審事由がある。すなわち、

甲、先ず民事訴訟法第四二〇条第一項第八号に定める「判決の基礎となつた民事の裁判(後記親族会員選定及び親族会招集決定)がその後の裁判によつて変更せられた場合に該当する。

詳言すれば、右確定判決はその理由によると、親族会員の選定及び親族会招集決定(原訴甲第三号証、本訴甲第二号証の七)は有効であるとの前提に立つて、これを基礎として為されていることが明白である。

ところで右親族会は、唯尾の申請による福井地方裁判所昭和二十一年(チ)第三三八号事件において同年十二月二十八日為された一井治夫、深川忠夫、佐々木まちの三名を親族会員に選任する旨の決定及び昭和二十二年一月二十日午前十時福井市佐佳枝上町四十八番地の四一井唯尾方に招集する旨の決定に基いて開かれたものであるが、その親族会員の一人に選任せられた深川忠夫は、大東亜戦争に応召し、すでに昭和十九年十一月二十三日戦死し、右決定当時は死亡していたのである。従つて右親族会員選任の決定は深川忠夫に関する限りその効力がなく、それ故に右決定は三名以上の者を親族会員に選定したものとは言えないから、右親族会員選任の決定は勿論、ひいては右親族会招集の決定も亦旧民法第九四五条に照して無効である。

そして右各決定はその後変更せらるべきものであつたが、その後に行われたところの当事者の責に帰すべからざる民法の改正によつてその変更が不可能となつたのであるから、当事者にとつては民法の改正と共に右決定の変更の裁判が為されたのと同一の効果を生じたものと言い得る。従つて再審原告は改めてその変更の裁判を持つまでもなく、直ちに民事訴訟法第四二〇条第一項第八号に定める再審事由があるものと主張し得るのである。

乙、つぎに同法条第一項第七号に定める「証人の虚偽の陳述が判決の証拠となつた場合」に当り、且つ「右罰すべき証人の虚偽の陳述について証拠の欠缺外の理由により有罪の確定判決を得ることができない場合」に該当する。

詳言すれば前記親族会は前記招集日時、招集場所に選任せられた前記三名の親族会員が列席して開かれ、全員の一致を以つて唯尾が再審原告を廃嫡する訴訟を提起したことに同意するとの決議書が作成せられているが、前記確定判決はその理由によると、原訴証人一井治夫の証言により右決議書(原訴甲第四号証)は真正に成立したものと認め、右決議書を基礎として再審原告の廃嫡についての親族会の同意があつたものとして為されていることが明白である。

けれども前記のとおり親族会員に選任せられた一人である深川忠夫はその招集日時当時はすでに死亡していて、会議に列席する理由がなく、従つてその決議に加わつていないのに拘らず原訴の昭和二十二年四月八日の口頭弁論期日に証人として出頭した一井治夫(唯尾の四男)は宣誓の上、忠夫が死亡している事実を知りながら故意に同人が右親族会に出席し、親族会員全員が再審原告を廃嫡することについて異議がなかつた旨を証言し、前記確定判決はこの証人の虚偽の陳述を証拠として引用したものであるから、同法条第一項第七号に定める事由があるのである。

ところで右偽証の罪はすでに昭和二十九年四月七日公訴時効が完成したから、これにつき同法条第二項に定める「証拠の欠缺外の理由により有罪の確定判決を得ることができなくなつた場合に当るのである。

他方再審原告の親権者のぶ子は本訴提起後である昭和三十年四月十六日その母深川きくから治夫の右の偽証の事実を聞き初めてこれを知つたのであるから、同法第四二四条第四項第一項の定めるところにより今なお右事由を主張し得るのである。

丙、つぎに同法条第一項第三号に定める「法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為を為すに必要な授権の欠缺があつた場合」に当る。

詳言すれば、再審被告は昭和二十一年夏頃戦地から復員したが、その後間もなく再審原告の母のぶ子との間に結婚の約束ができ、再審被告は原訴原告唯尾とも相談の上のぶ子に対し再審原告を廃嫡の上再審被告をして唯尾の跡を相続せしめ、その後は、両名が正式に婚姻の末、両者間に出生する子女をしてその家督を相続させようとの理由で、再審原告を廃嫡することの承諾を求めた。そこでのぶ子は再審被告との婚姻の実現を熱望する余り、再審原告の親権者である立場を忘れ、当然顧慮すべき再審原告の家督相続権及びこれに伴う財産上の権利、将来の幸福などについての思慮を怠り再審被告の求めに応じたため、ここに原訴が提起せられるに至つたのである。そして原訴においては、原訴被告の訴訟代理人として昭和二十二年三月一日弁護士堤敏恭が選任せられたけれども、その選任の具体的経緯をみるに、のぶ子は前記事情から再審被告の言うが儘に単に原訴被告の法定代理人として訴訟代理人選任状に捺印しこれを同人に交付しただけで、堤弁護士とは今日までに一回も面接したこともない。他方右委任状を持参して現実に堤弁護士を再審原告の訴訟代理人に選任し、同人に訴訟行為を委任したのは再審被告自身である。右の事実関係からみて右訴訟代理人の選任は次のとおりの違法がある。すなわち、

(1)  当時再審被告は原訴原告唯尾の代理人としてその訴訟代理人選任の行為をしていたのであるが、他方原訴被告の訴訟代理人として堤弁護士を選任する行為をもしていたのであるから、右堤弁護士選任の行為は民法第一〇八条後段の規定に照して無効である。それ故に同弁護士は原訴被告の訴訟代理権を有しなかつたものであるから、民事訴訟法第四二〇条第一項第三号に定める「訴訟代理権の欠缺があつた場合」に当り、この事由は同法第四二五条の定めるところによつて今なおこれを主張し得るのである。(以下民法第一〇八条違反に基く主張と云う。)

(2)  仮に右主張が容れられず、原訴被告の法定代理人としてのぶ子が堤弁護士を選任したとしても、のぶ子は原訴被告の新権者として当然考慮すべき原訴被告の利益を犠牲にし、専ら自己と再審被告との婚姻の実現のみを熱望し、再審被告の言うが儘に堤弁護士を選任し、ついに原訴の昭和二十二年四月八日の口頭弁論期日において右訴訟代理人をして原訴原告の請求並びに請求原因事実を認めさせ、原訴被告を敗訴に導いたのである。

そしてこのように親権者自身がその婚姻を実現するため、未成年の子の有する法定の推定家督相続人たる地位を廃除する訴訟における未成年の子(被告)の訴訟代理人を選任することは、いわゆる利益相反行為として禁止せられているところであつて、かかる場合にはのぶ子は再審原告のためすべからく旧民法第八八八条に従い特別代理人選任の手続をなすべきで、これによつて選任せられた特別代理人のみが訴訟代理人を選任して応訴することができるのである。それ故にのぶ子の法定代理権は原訴被告と利益相反の限度において制限を受け、自ら右のように訴訟代理人を選任し、これに訴訟行為を為す代理権を付与する権限がなかつたのである。従つて原訴において、のぶ子自身が原訴被告の親権者として同被告の訴訟代理人として堤弁護士を選任したとすれば、その選任は無効であつて同弁護士の訴訟代理権が生ずる理由がなく、このことは民事訴訟法第四二〇条第一項第三号に定める場合に当り、同法第四二五条により今なお主張することができる。(以下旧民法第八八八条違反に基く主張と云う。)

以上各再審事由により前記確定の終局判決の取消を求める。

と述べ、再審被告の主張に対し、

(五)  その主張(三)の(3) の(ロ)において述べるところの亡一井唯尾の遺産分配につき、その主張の日時、その主張の内容の協議が成立したことは認めるけれども、再審被告は、当初からその履行の意思がなくして右協定をしたものと認められるが、他方再審原告は当初から、再審被告の右意思を知つていたとすれば、右のような協定は結ばなかつたのであるから、右協定はいわゆる法律行為の要素に錯誤があつた場合に当り無効である。また再審原告の法定代理人のぶ子において再審被告が主張するような追認をしたことはない。

(六)  仮に再審原告の法定代理人が右の追認をしたとしても、当時確定の終局判決が不適法なるべきことを知つて追認したものでないから、その要素に錯誤がありそれ故に追認としての効力を生じない。

と述べた外再審被告の主張をすべて否認し、立証として、甲第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし十三、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一、二、三を提出し、証人深川きく、再審原告法定代理人一井のぶ子の各尋問を求め、乙第五号証の一、二は各官署の作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は、乙第四号証の成立と共に不知と述べた外その余の乙号証は全部その成立を認め、同第一号証の一、二、三、第六号証の一、二を各利益に援用した。

再審被告訴訟代理人は、本件訴訟を却下する、訴訟費用は再審原告の負担とする、との判決を求め、再審原告の主張につき、その主張の(一)、(二)、(三)の事実は認める。同(四)の事実中その主張の親族会員選定及び親族会招集決定があつて、その主張の決議が為されたことは認めるが、その決議はいわゆる持廻り決議の方法で為されたもので、深川忠夫の調印は深川方で為した上一井方へ持参せられたものであり、再審原告が主張するように会議を開いて為されたものではない。その外同(四)に述べる各再審事由は存在しない。これを詳言すると、

(一)  先ず再審原告主張の(四)の甲の民事訴訟法第四二〇条第一項第八号の事由につき、

再審原告は、その主張の裁判が後に変更せられたことを主張せず、かえつて右裁判の変更がないことを自認しながら裁判の変更を事由として再審事由を主張するものであるから、その主張自体が矛盾していて失当である。

(二)  つぎに再審原告主張の(四)の乙の民事訴訟法第四二〇条第一項第七号の事由につき、

(1)  証人一井治夫は偽証したことがない。すなわち同人の尋問調書には、「親族会が招集サレ全員被告(再審原告のこと)ノ家督相続人タルコトヲ廃除スル為メ本件訴訟ヲ提起シタコトニ付テ同意シタノデアリマス」と供述したように記載せられてはいるが、同証人はその記載のように積極的な供述をしたのではなく、唯裁判官が書類を見ながら低声で読むように右のように問われたので、同証人は唯「廃嫡につき親戚は異存がないんだね」と云う趣旨の問と解し、簡単に「そうです」と答えただけである。また同調書には原訴甲第四号証(本訴第二号証の八)(決議書)を示されて「コレガソノ同意書ニ相違アリマセン」と陳述したように記載せられているけれども、これも裁判官から「これがその同意書かね」と問われたので簡単に唯「ハイ」と答えただけである。

もつとも旧民法時代のいわゆる廃嫡訴訟においては、被告が明らかに争わない場合はその審理は極めて簡単であつて、証拠調は殆ど形式的にのみ行われたことは極めて顕著な事実であり、本件の場合も同様で、裁判官から、もしもつと詳細に親族会が何処で開催せられ、誰と誰が出席したか等の問があつたとすれば、同証人は勿論正確に答えたのである。右の事情であるから同証人は記憶に反した陳述をしたことがないのであるから偽証罪は成立しない。

(2)  仮に偽証罪が成立するとしても、

(イ)  右偽証及びこれが原判決の証拠となつたことは、再審原告の法定代理人のぶ子ないしその訴訟代理人において当時これを知り又は知り得べかりしものであり、従つて上訴によつてこれを主張することが出来た筈のものである。それにも拘らず原判決に対し上訴もせずこれを確定せしめたのであるから、民事訴訟法第四二〇条第一項但書により、右事由を再審事由として主張することは許されない。

(ロ)  また再審原告の法定代理人のぶ子ないしその訴訟代理人である大橋、斎藤(本件訴状提出の時から訴訟代理人であつたが昭和三十一年七月二十七日辞任したもの)の両弁護士は、おそくとも本件訴状の日付である昭和二十九年九月二十五日には、確定の終局判決が右一井治夫の罰すべき偽証に基いて為されたものであつたこと及びその公訴時効が昭和二十九年四月七日限り完成したことをすでに知つていたものである。このことは本件訴状記載の請求原因第二項中において、「然るところ、前記判決の結果に重大なる影響を及ぼすこと明かなる証人一井治夫の偽証については犯罪行為後七年を経過したる昭和二十九年四月七日の経過と共に公訴時効完成し又同意書の偽造行使の罪についても犯罪後五ケ年の経過と共に公訴時効完成したるため、民事訴訟法第四二四条第三項により之を以つて再審事由とすることは許されないが云々」と自ら記載しているところからみて明白である。そして昭和三十年一月十八日の本件口頭弁論期日において右訴状に基いて陳述しながら敢てこれを再審事由として主張せず、その後三十日以上を経過した同年五月二十四日の本件口頭弁論期日に至つて初めて同年四月二十日付の請求原因追加申立書に基いてこれを再審事由として主張したのであるから、右主張は同法第四二四条第一項に照して許されない。

(ハ)  仮に右主張が認められないとしても、右の再審事由の主張は、原判決が確定した昭和二十二年六月十二日からすでに五年以上を経過した後に為されたものであるから、同法第四二四条第三項に照して許されない。

(三)  つぎに再審原告の(四)の丙の民事訴訟法第四二〇条第一項第三号の事由につき、

(1) 先ずその内の(1) の主張については再審被告はこれを否認するものであるが、仮にその主張のような事実があつたとしても、民法第一〇八条は「同一の法律行為につき」同一人が当事者双方の代理人となる場合にのみ適用せられるのであるから、再審原告が主張するように、再審被告が原訴において、或る場合には原訴原告の代理人として訴訟代理人藤井弁護士に対して訴訟委任を為し、別の場合には原訴被告法定代理人のぶ子の代理人として訴訟代理人堤弁護士に対して訴訟委任を為したとしても、同一の法律行為について双方を代理したものとは云えないから民法第一〇八条後段の場合に当らない。

(2)  つぎに同(2) の主張につき、

(イ)  再審被告は再審原告の母のぶ子と一時的には肉体関係をしたことはあるけれども、両者共婚姻実現の意思はなかつたのであるから、再審原告が主張するような利益相反の行為を生ずる余地がない。

(ロ)  仮に再審原告法定代理人のぶ子が再審原告の廃嫡に同意したのは、同人が再審被告との婚姻を実現するためであつたとしても、それは再審被告との婚姻を実現しようと云うことが動機になつて再審原告の廃嫡に同意するに至つたと云う単なる動機の問題であつて、利益相反の問題を生じない。

また実際においても、原訴の弁論終結後のぶ子が再審原告の廃嫡に反対の意思を表明したため、原裁判所はその判決云渡期日を延期せざるを得なくなり、のぶ子から後記(3) の(ロ)に示す内容の上申書(乙第一号証の一、二)の提出を待つてようやく原判決を云渡すに至つたこと、原訴進行中再審被告と訴外有馬節子との縁談が進行していたことをのぶ子も承知していたこと、再審原告がその廃嫡せられた後佐々木家の遺産を相続したことの一連の事実をみれば、のぶ子は再審原告の法定代理人として充分に再審原告の利益を考慮していたことが判かり、のぶ子が法定代理権を行使するについて再審原告が主張するような利益相反の事実は全然なかつたのである。

(ハ)  仮に再審原告法定代理人のぶ子の訴訟委任が、その婚姻実現のためなされた利益相反行為に当るとしても、旧民法第八八八条違反の行為は、それが私法上の法律行為である場合においては当然無効となるのではなく、単に取消し得るに過ぎないものと解せられる。またその行為が本件訴訟代理権付与行為のような訴訟法上の行為である場合においては、その取消も許されないのであつて、最初から確定的に有効である。このことは当然であつて、例えば訴訟の提起が訴訟の進行中或は判決確定後に至つて詐欺によることを理由として取消されたりしたのでは、法の安全は期せられないからである。

(ニ)  仮に再審原告法定代理人のぶ子の堤弁護士に対する訴訟委任が利益相反行為に当り、それ故に無効であるとしても、右訴訟委任は親権者が特定の場合に限り法定代理権の行使を制限せられる場合であるから民事訴訟法第四二〇条第一項第三号後段の「(法定)代理人が訴訟行為をなすに必要な授権(特別代理、本人の承認、追認等)の欠缺」の場合に該当し、同号前段の「法定代理権、訴訟代理権の欠缺」には該当せず、従つて同法第四二五条に定める「代理権の欠缺」にも当らず、それ故に同法条に定める同法第四二四条の適用を排除する場合にも当らない。他方本件再審の訴は原判決が確定した昭和二十二年六月十二日から五年以上を経過し昭和二十九年九月二十五日に至つて提起せられたのであるから、同法第四二四条第三項に照して右事由を再審事由として主張することは許されない。

(3)  また再審原告法定代理人まぶ子の訴訟委任が、双方代理に当り又は利益相反行為に当り、それ故に無効又は取消さるべきものであるとしても、

(イ)  原訴において再審原告法定代理人のぶ子ないしその訴訟代理人堤弁護士は、右のぶ子の訴訟委任すなわち訴訟代理権付与行為が無効又は取消さるべき原因である双方代理又は利益相反及びこれ等の効果を知り又は知り得べかりしものであり、上訴によりこれを主張し得べかりしものである。それにも拘らず原判決に対して上訴もせずにこれを確定せしめたのであるから、民事訴訟法第四二〇条第一項但書に照し今さら右事由を再審事由として主張することは許されない。

(ロ)  また再審原告法定代理人は昭和二十二年五月初頃再審被告と話合の上亡一井唯尾の遺産の分配につき、「福井市佐佳枝上町四十八番地の四所在の宅地一四六坪九勺は再審被告と再審原告と各二分の一宛の共有とする。再審被告は右宅地上に金三万円程度の住宅を新築して再審原告とのぶ子とを居住せしめる。再審被告から再審原告とのぶ子との生活費として毎月金五百円宛を補給する。書画骨董品、衣類等の遺産は再審被告とのぶ子と協議の上分配する。のぶ子姙娠の事実があつた場合は再審被告が異議なくその子を認知し、その子について責任をもつ、のぶ子は再審原告の廃嫡訴訟事件については再審原告の請求どおりの判決を受けることに異議なく、その旨をのぶ子から原裁判所に上申する。」との協議が整い、同月九日その覚書を作成し、同月十三日のぶ子が再審原告を廃嫡する判決を受けることに同意した旨の上申書(乙第一号証の一、二)を原裁判所に提出したので、同裁判所は同日原判決を言渡すに至つたものである。従つてのぶ子の右行為は仮に訴訟委任が不備であつても毫も異存のない旨の意思をも含む追認とも解すべきであるから、この追認によつて右の訴訟委任は有効となつたものである。

(ハ)  さらに、仮にそうでないとしても、再審原告法定代理人のぶ子は右のとおり亡唯尾の遺産分配を協議実行したのであるから、今日に至つて、再審原告がこれを不服として、その訴訟委任が無効であるとの理由で再審を申立てるのは信義誠実の法理に反し許されない。

以上の理由により、本件再審の申立は失当である。

と述べ、立証として、乙第一号証の一、二、三、第二号証ないし第四号証、第五号証ないし第七号証の各一、二、第八号証、第九号証、第十号証の一、二、三、第十一号証を提出し、甲号証はいずれもその成立を認め、同第四号証を利益に援用した。

当裁判所は職権を以つて再審被告本人を尋問した。

理由

再審原告主張の(一)、(二)、(三)の各事実は当事者間に争がない。

そこで本件確定の終局判決につき再審原告主張の各再審事由があるかどうか、その事由がある場合において今なおそれを主張することが許されるかどうかについて考える。

(一)  先ず再審原告主張の(四)の甲の事由(民事訴訟法第四二〇条第一項第八号の事由)について判断する。

成立に争のない甲第二号証の七、第四号証によれば、再審原告主張の親族会員選定及び親族会招集決定は昭和二十一年十二月二十八日為されているが、その親族会員の一人に選任せられた深川忠夫はすでに昭和十九年一月二十三日戦死していたことが判かるから、右親族会員選定及び親族会招集決定は、深川忠夫に関する限り不適法でその効力がなく、それ故に三名以上の者を選定しなかつたものとして右各決定は無効であると云わなければならない。それにも拘らず、成立に争のない甲第二号証の十三(原判決)によれば、本件確定の終局判決はその理由において原訴甲第三号証(親族会員選定及び親族会招集決定)を引用して、適法な親族会員選定及び親族会招集決定があつたものと認定し、これを基礎として為されていることが判かる。

ところで民事訴訟法第四二〇条第一項第八号に定める事由は判決(確定の終局判決の意味)の基礎となつた民事の裁判(前記親族会員選定及び親族会招集決定がこれに当る)が後の裁判により変更せられた場合を指しているのであるが、本件においては、すべての証拠を以つても右親族会員選定及び親族会招集決定が後の裁判によつて変更せられたことを認めることができない。それ故に再審原告の右主張は単に右各決定は無効であると云うに止まることとなるから、再審事由としては到底採用できない。

もつとも再審原告は右各決定の変更を求めることは民法の改正と云う当事者の責に帰すべからざる事由によつて不可能となつたのであるから、民法の改正と同時にその変更の裁判があつたのと同一効果を生じたと主張するけれども、およそすでに為された裁判はその後の裁判によるのでなければ変更できないところであつて、法律の改正によつてこれを変更(どのように変更となつたのか判然とした主張もないのみならず、現行民法には右変更に関しての明文もない。)することは立法権が司法権に干渉することになるから、到底考えられないことである。それ故に民法の改正を以つて再審原告の右主張のように解釈することはできない。

(二)  つぎに同(四)の乙の事由(民事訴訟法第四二〇条第一項第七号の事由)につき判断する。

成立に争のない甲第二号証の七、八によれば、前記親族会は昭和二十二年一月二十日午前十時福井市佐佳枝上町四十八番地の四一井唯尾方に招集することの決定に基き親族会員に選定せられた深川忠夫、一井治夫、佐々木まちの三名が列席の上同日同所において会議を開き全員の一致をもつて唯尾が再審原告を廃嫡する訴訟を提起したことに同意するとの決議が為されていることが判かり、さらに成立に争のない甲第二号証の十三によれば本件確定の終局判決は右決議書を原訴証人一井忠夫の証言により真正に成立したものと認め、同証言と相まつて、再審原告の廃嫡についての親族会の同意が適法に為されたものとして、これを基礎として為されていることが認められる。

けれども事実上は右深川忠夫はすでに昭和十九年十一月二十三日戦死していたのであるから、右親族会に列席する筈がないのであるが、成立に争のない甲第二号証の九、十、十一を綜合すると、一井治夫は原訴の昭和二十二年四月八日午前九時の口頭弁論期日に証人として出頭し、宣誓の上右親族会においては親族会員全員が列席の上会議を開き、再審原告の廃嫡に同意した旨及び原訴甲第四号証(親族会決議書)がその同意書に相違ない旨を証言したことが判かる。してみると一井治夫の右証言は深川忠夫も親族会に列席し再審原告の廃嫡に同意したと云う点に関する限り虚偽であつたこととなる。

そして一井治夫の右虚偽の供述について、再審原告はそれが偽証罪を構成するものとし、その偽証罪については、すでに昭和二十九年四月七日を以つて公訴時効が完成し証拠の欠缺以外の事由により有罪の確定判決を得られなくなつたが、再審原告法定代理人のぶ子としては、昭和三十年四月十六日その母深川きくから聞いて初めて一井治夫の右偽証の事実を知つたと主張するけれども、仮に一井治夫の右虚偽の供述が罰すべき偽証罪を構成するとしても、再審原告は本件記録中訴状請求原因第二項の記載によつて明白なとおり、同項中に再審被告主張の(二)の(2) の(ロ)に記載したとおりの文言が記載せられているところからみて、再審原告訴訟代理人ないしその法定代理人のぶ子は、おそくとも本件訴状の日附である昭和二十九年九月二十五日には本件確定の終局判決が一井治夫の罰すべき偽証に基いて為されたこと及びその公訴時効が昭和二十九年四月七日を以つて完成したことを知つていたものと認めなければならず、(それ故に再審原告が昭和三十年四月十六日に至つて初めて一井治夫の偽証の事実を知つたとの主張は到底採用できない。)さらに、昭和三十年一月十八日の本件口頭弁論期日において再審原告は右訴状に基き陳述したのであるから、前記訴状記載のとおり、敢えて右事由が再審事由とならない旨を述べこれを再審事由として主張せず、その後同年五月二十四日の本件口頭弁論期日に至つて、同年四月二十日附訴状請求原因追加申立書に基き右事由を初めて再審事由として主張するに至つたことが記録上明白である。

ところで、民事訴訟法第四二四条第一項が特に三十日と云う期間を定め、同条第二項において特にこれを不変期間と定めたのは、およそ再審訴訟は確定の終局判決を争うものであると云う特殊性に鑑み、再審事由を知つた場合は速かに再審訴訟を提起せしめて再審事由の有無、換言すれば確定の終局判決の効力の維持又は取消を得せしめ、以つて法的安全を速かに図るとの理由によるものと解せられる。従つてこの点からみて、本件のように、たとえ他の再審事由による再審訴訟が繋属している場合に、それと別個の再審事由を発見し、これを繋属中の再審訴訟の再審事由として追加し併せて審判を仰ぐ場合でも、新な再審事由による新な再審訴訟の提起の場合と同様、その事由を知つた日から三十日内にこれを主張しなければならないものと解せられる。

してみると、再審原告の右再審事由の主張は、前記訴状請求原因追加申立書の受付日であることが記録によつて明白である昭和三十年四月二十日を基準として逆算しても、再審原告が右事由を知つた日と認められる昭和二十九年九月二十五日から三十日内に為されたものでないことが明白であるから、右事由を今さら再審事由として主張することは許されず、それ故に右主張は到底採用できない。

(三)  つぎに、同(四)の丙の事由(民事訴訟法第四二〇条第一項第三号の事由)について判断する。

(1)  先ずその内の(1) の民法第一〇八条違反に基く主張について考える。

この点について、甲第二号証の四(唯尾の藤井弁護士に対する原訴訴訟委任状)、同号証の五(再審原告法定代理人一井のぶ子の堤弁護士に対する原訴訴訟委任状)の成立については当事者間に争がない。

ところで再審原告法定代理人のぶ子及び再審被告本人の各尋問の結果を綜合すると、実際に右各委任状を右各弁護士の許へ持参して原訴訴訟事件を依頼したのは訴外皆川勝保と推察せられるが、右甲第二号証の四については、すでに昭和二十一年八月頃唯尾が右皆川と相談の上、再審原告を廃嫡すること及びその廃嫡訴訟においては、自己の訴訟代理人として藤井弁護士を選任することを決意して居り、同号証は唯尾の右意思に基いて同年十月十一日作成せられ、(この点において双方代理の理論を適用する余地がない。)、その頃藤井弁護士の許へ持参せられていることが再審被告本人尋問の結果によつて窺われ、原訴原告唯尾の訴訟代理人として藤井弁護士を選任する行為は当時すでに終了しているのである。それ故に、その後右甲第二号証の五の日附である昭和二十二年三月一日に至つて、再審原告の主張するように、右皆川が(再審原告法定代理人のぶ子の尋問の結果によると再審被告であると云うけれども、再審被告本人尋問の結果によると、右皆川であると推察せられる。)再審原告法定代理人のぶ子の代理人として再審原告の原訴訴訟代理人堤弁護士を選任したとしても、それは全く別個の機会に全く別個の行為をなしたまでのことであつて、右皆川の行為が民法第一〇八条に定める双方代理行為に当るものとは到底考えられない。よつて再審原告の右主張は理由がない。

(2)  つぎに同(2) の旧民法第八八八条違反に基く主張について考える。

証人深川きくの証言並びに再審原告法定代理人のぶ子の尋問の結果を綜合すると、前記甲第二号証の五が作成せられた昭和二十二年三月一日頃においては、のぶ子はなお再審被告との婚姻を希望していて、同女自身の婚姻を実現するため、再審原告の法定代理人として、再審原告の廃嫡を決意し、代理人(前記認定のとおり皆川)をして、再審原告の原訴訴訟代理人堤弁護士を適任したことが窺われるから、のぶ子の右訴訟代理人選任行為は、いわゆる旧民法第八八八条に定める利益相反行為に当る。それ故にこの場合、のぶ子の法定代理権はその行使を制限せられ、のぶ子は再審原告の法定代理人として同法条に従い特別代理人を選任した上、その特別代理人によつてのみ原訴訴訟代理人を選任し得たものであつて、自ら再審原告廃嫡のための原訴訴訟代理人を選任することはできなかつたものである。

けれども、のぶ子が右のとおり再審原告の原訴訴訟代理人堤弁護士を選定した後の状況について、当事者間に争のない再審原告主張の(一)、(二)、(三)の事実と、証人深川きくの証言、再審原告法定代理人のぶ子並びに再審被告本人尋問の各結果及び成立に争のない乙第一号証の一、二、第九号証を綜合すると、のぶ子が右訴訟代理人を選任した後間もない同年三月中頃になつて再審被告と訴外有馬節子(現在再審被告の妻、昭和二十二年十月七日婚姻)の縁談を聞くに及んで、のぶ子と再審被告との結婚の実現が怪ぶまれるようになり、両者の結婚披露の予定日であつた同年三月下旬に至つても、その披露は実現せず、ついにその婚姻は成立するに至らなかつたこと、その間のぶ子は、再審原告の利益を考えていたが、ついに同年四月七、八日頃に至り、前記甲第二号証の五に捺印したので、その侭放つておいては再審原告の財産(唯尾の死亡に因り再審原告の相続すべき唯尾の遺産)が無茶苦茶になると思うようになり、加藤茂樹弁護士にその善処方を相談した結果、同年五月九日前記乙第一号証の二記載の再審被告が(三)の(3) の(ロ)に主張する内容の協議が整い、同月十三日再審原告の廃嫡に同意した旨を原裁判所に上申したので、ここに原判決が言渡されるに至つたことが認められる。そして右乙第一号証の二の記載内容中特に、のぶ子に妊娠の事実(すなわちのぶ子が再審被告の子を懐妊した意味)があつた場合には再審被告は異議なくこれを認知し、その始末についてはその責に任ずる旨の条項が定められている点からみて、のぶ子は当時すでに再審被告との結婚を全く断念していたものと認められる。従つてのぶ子は自己と再審被告との婚姻の意思は全然なくなつた状態において、再審原告の廃嫡に同意し、右乙第一号証の一、二を原裁判所に提出し原判決を受けたものと認められるから、原訴の終結当時においては、再審原告が主張する利益相反の問題は解消しのぶ子の法定代理権の行使の制限は解かれて居り、他方のぶ子は、再審原告の親権者として右乙第一号証の一、二を原裁判所に提出したことによつて、堤弁護士の再審原告の訴訟代理人としての原訴訴訟行為を暗黙裡に追認したものとみることができる。此の点に関する再審原告主張の(七)、(八)はこれを肯認するに足りる証拠がない。それ故に原判決には再審原告が主張する利益相反に関する瑕疵がなかつたことになるのであるから、再審原告の前記主張は理由がない。(それ故にその後に至つて右乙第一号証の二に記載せられた協定内容が変更せられ再審原告に不利益となつたとしても、そのことを以つて原判決自体を攻撃することは許されない)

以上の理由により、その余の点を判断するまでもなく、本件再審の申立は認容すべき再審事由がないから、これを却下することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 神谷敏夫 黒羽善四郎 鹿山春男)

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